再び、仮名手本忠臣蔵
22日の金曜日も、第一部から第三部まで、通しで観てまいりました。
今回は7列目、8列目のと~ってもいいお席。
途中眠気と戦いながら、芸を堪能しました~。
『仮名手本忠臣蔵』のストーリーをおおまかに把握したのは、なんとフランス人モーリス・ベジャールによるバレエ『ザ・カブキ』を見て、という逆輸入状態だった私。今回ようやく日本人として正しい道に立ったような感じです(^^;) つっこみドコロ満載のストーリー、なのに真に迫る芸、と見所満載で11時間はあっという間でした。
<第一部>
大序 鶴が岡兜改めの段
顔世御前って、後醍醐天皇の女官だったのですね(だから兜改めのお役をおおせつかるのです)。大名の奥方って深層の令嬢ではなく、キャリアがあるもんだったのか、なんて不思議なところに気づく。(だいたい、時代考証はめちゃくちゃで、室町時代に大名ってのもおかしな話ですが)。
恋歌の段
ここでも、顔世御前は高師直からの文を投げ返してるし、文楽に現れる女性にしてはイマドキな大胆さではないですか(その後の悲劇を導き出すためなのかしら?)
それに対する、高師直の「よい返事聞くまでは、口説いて口説いて、口説きぬく」にはも~う絶句。
二段目 桃井館本蔵松切の段
松香大夫さんが素晴らしかったです。桃井若狭助の「若いな~」という鼻息の荒さと、加古川本蔵(吉田玉女さん!)の落ち着いた態度のコントラストが絶妙。若狭助の「モウ遭はぬぞよ、さらば」なんて台詞は真剣なのに何故か笑えてしまう(失敬)のですが、その後馬に飛び乗る本蔵の凛々しさ、お家のために真剣に策を練る姿、男らしいです。でもその後、知らない所で大きな悲劇を背負ってしまうのですよね、本蔵は。
三段目 下馬先進物の段
呂勢大夫さん、すっと通る強いお声でした。鷺坂伴内のコミカルな動きと語り、良かったです。ここもどう見ても城の形が江戸時代。時代考証は一応室町時代にしてあるだけで、目に見えるものは全部江戸時代なのだわ、とようやく気づいたのでした。当時の人は教科書があるでもなし、室町時代の風俗まで詳細に知る由もなかったのかも。
殿中刃傷の段
伊達大夫さん、素晴らしかった。師直のいやらしさが全面に出ていたし、影に控える本蔵の姿までリアルに感じられました。塩谷判官はあの程度のことで刃傷沙汰になってしまったの?なんて思ってしまいましたが、だんだんと追い込まれてついに刀を抜くまでは、見せ所でした。
裏門の段
早野勘平とおかるが、山崎へ身を隠すことになるいきさつが語られるシーンです。今回の上演では「下馬先~」と「殿中~」の間に入るべき「腰元おかる文使いの段」が省かれているため、勘平が何故このように悔やんでいるのか、おかるがなぜ山崎へ行こうと言うのかが分かりにくいかも。それにしても、伴内に対して刀を振り上げる勘平をとめながら、おかるが「アアコレ、ソイツ殺すとお詫びの邪魔。もうよいわいな」といって止めるあたり、時代物の女性は皆さん強いですよね~。
花籠の段
塩谷判官切腹の段
切腹に至る準備が粛々と進んでいったので、これが切腹の流儀なのかぁ、とヘンなことに感心してしまいました。どうしても何故この程度で切腹なのか、という気持ちが片隅に残ってしまうのですが、塩谷判官がすんなりと勅命を受けて死を受け入れる、ただ大星由良助にだけ逢いたいという心残りが見える、その心の表現がお見事でした。そして、由良助が登場(簑助師匠!)、こときれる前のわずかな対面、無念さが舞台全体に広がったのです...。
城明渡しの段
ここは由良助が城を明けて、一歩一歩遠ざかる、ただそれだけのシーン。太夫もただ「はったと睨んで」とだけ。人形の体ひとつで、場をつくる、存在感で見せるシーンでした。簑助さんの由良助は表情や動きはとても柔らかいのですが、その中で細くとも硬い精神性がびしっと通ったような、心の強さを感じさせるキャラクターで、私が今まで大河ドラマ等でみたような男臭い大石蔵之助とは一線を画していました。
<第二部> 七段目 祇園一力茶屋の段 <第三部>
五段目 山崎街道出合いの段
ここからしばらく、男性ばっかりなんで、ちょっと眠気が...。
二つ玉の段
吉田幸助さんが遣った斧定九郎が嫌な感じ全開でよかったです。本当に自分勝手で金のことだけ、というキャラが立っていました。お地蔵さん蹴っ飛ばすあたり、いいですね!胡弓が与市兵衛の無念さを表すところだと思いますが、もう少し細く悲しい音で鳴るといいですね~。あと、バレエで観た時はさっぱりわかってなかったのですが、猪の登場する意味がようやく理解できました。
六段目 身売りの段
勘十郎さんのおかる、いいです。でもこの後の一力茶屋での妖艶さはまだ出さず、草深い中でひっそり暮らす女が、好いた男のために身を売る決意をした、その雰囲気がただよっていました。
早野勘平腹切の段
身分が低いと、切腹ではなく、腹切になるそうです。巻末の英語表記では、切腹=Suicide by Disembowlment となり、腹切=Suicide by Harakiri ってなってますが、外国のお客様はこの差をどう受け止めるのでしょうか? 正直にいって、義母に責められて腹切に至る段はあまり好みではなかったのですが、忠義を通す昔の人は(特にお客さんである一般人は)勘平に共感するシーンだったのだろうと思います。
千歳大夫さんの由良助、好きです。真面目な人が、だらしなくなった感じがとても良く現れていた気がします。女郎と鬼ごっこをする由良さん、男の弱さが全面に出ていて、かえって愛すべき存在に見えちゃいました。
それから、ココはなんといってもおかるの色っぽさですよね。夜の空気にあたって涼んでいる様、梯子から怖がりながらも下ろされる様、ただただうっとりしてしまいました。山奥にひっそり暮らしていた女が、こんなに変わるなんて...。勘十郎さん、ますますファンになりました~!
あと、長唄がとても心地よかったです。場を和らげつつ、盛り上げつつ、美しい空気をつくりだしていました。長唄の会とかも、聴きに行ってみたいな。
八段目 道行き旅路の嫁入り
ようやく女性がメインです。戸無瀬&小浪親子の頼りなげな道行、長旅で辛いに決まっているのに、力弥に逢いたい気持ち一杯の小浪、可愛らしい~! 鶴澤寛治さんはじめ、三味線5人も迫力ありました。
九段目 雪転しの段
場面は一転して、山科の雪景色。目に白い世界がまぶしく美しくとびこんできました。清らかな気持ちになり、ああこれからのキリリとした緊張のシーンへ観客を引き込む素晴らしいシチュエーションだ、と舞台装置だけで感激です。個人的に、鶴澤清志郎さん応援してます~。
山科閑居の段
住大夫さんの抑えた深い深い声。圧倒されました。大夫、三味線ともに静けさと熱さがあって、切も奥も圧巻でした。お石vs戸無瀬のキーンとしたやり取り、嘆く小浪。女の世界です。それにしても、小浪の白装束の可愛らしいこと...。私も結婚式するなら、絶対和装にすると心に決めました(いつだろう...。)そして虚無僧姿で現れる本蔵、やはりここでも死をもって詫び、解決に至るのでした。それぞれの本来の思惑と少しづつずれながら動く運命、世の中のはかなさ、頼りなさを感じる瞬間でした。小浪だって、晴れて力弥と結ばれても、たった一夜の幸せですものね...。
十一段目 花水橋引揚の段
文楽では討ち入りシーンがなく、ここでは師直を討った塩谷の浪士達が、判官の墓前に報告にいくのですが、途中花水橋で若狭助がその功績をたたえて追っ手は寄せ付けないと浪士に宣言するシーンでした。この段の前に帰るお客様も多く、少々おまけ的な場と思われますが、最後晴れやかに締めくくるために必要だったのかなと思います。
もっと気づいたことや、書きたいことがあったように思うのですが、とにかく作品の壮大さに圧倒されたというのが正直なところです。これを毎日上演し続けている技芸員の皆様のお力には心から感服いたします。次に通しで観られるのはいつのことかわかりませんが、文楽の発展を願い、次の通しまで見続けていきたいと思いました。
それにしても、お尻が痛くて痛くて、通しで観ているご高齢のお客様も体力あるなぁと、自分も鍛えておかねばと反省でした。でも国立劇場様、もう少し、椅子のクッション何とかしてください。
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