モーツァルト 珠玉の協奏曲集Ⅳ
日曜日の午後、オールモーツァルトプログラム。
美しい休日の過ごし方だわ~、なんて思って出かけましたが。
みなとみらいホールに向かう道のり、大勢の親子連れやカップルをかきわけて、ようやくたどり着きました(^^;)
♪ホルン協奏曲 第三番 変ホ長調 K.447
ホルン:吉永 雅人
♪ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲 変ホ長調 K.364
ヴァイオリン:西江 辰郎
ヴィオラ:篠崎 友美
♪ピアノ協奏曲第20番 ニ短調 K.466
ピアノ:アレクサンダー・コブリン
ホルンを演奏したことはおろか、触ったことすら無いド素人の私が見ても、あれは難しい楽器だと思います。肺活量もいるだろうし、重たそうだし、か弱い女子には到底こなせないでしょう(外国オケではたまに女性演奏家もいますね。)この曲を聴きながら、なぜか私は「世界のホルン人口を増やすには、どうすべきか?」ということを考えていました。もしも、メタボリックシンドロームの子供達に治療の一環としてホルンを与えたら、若きホルニスト(っていうのかな?)が激増して、学校なら練習も沢山できるし、ホルン吹いてれば、お菓子も食べられないし一石二鳥だね...と、本当にしょうも無いことを考えているうちに、演奏は無事終了していました...。 ホントすみません。
ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲。
私的に本日のメイン...。
第一楽章は西江さんの音を確認しつつも、私的にはヴィオラの音のほうが好きかもなんですけど~、と勝手に慌ててみたりしました...。ヴィオラの篠崎さんはおそらく「陽」の音を持ち合わせた方とお見受けいたします。
第二楽章はハ短調、西江さんの悲しげな陰影のある音が良かったです。やっぱり彼は悲しい音が似合う王子なのかしら?でも日曜日の午後でモーツァルトなんだから、幸せでふんわりした音も聴きたいわ、と勝手なことを考えておりました。
第三楽章は再び変ホ長調。陰のある感じの音には変わらなかったのですが、終演直前がとても良かった。うまく表現できないのですが、最後の集中力は本当に素晴らしく、まさに「西江さんの音」を感じたのです。『モーツァルトではなく、オレの音を聴け』(とは西江さんは絶対に仰らないと思いますが (^^;))、そんな感じを受けたような...? いずれにしても、自分が思い込んでいる(刷り込まれている)モーツァルト的なものは排除してかかった方がいいのかもしれないな、と感じました。西江さんの硬質で悲しげな細く美しい高音が、彼がモーツァルトにこめた音なのであって、今日はその音を聴くために来たのだ、と納得したのでした。
休憩をはさんで、後半はピアノ協奏曲第20番。アレクサンダー・コブリンは、ユンディ・リとショパンコンクールで争っていた様子を、当時NHK特集で見ました(たしか彼女とショパンコンクールに来ていた)。実演に接するのは今日が初めてです。チラシの写真は満面の笑みなのに、舞台袖から出てきたご本人の印象は結構神経質そう? 真面目そう~に指揮をしていました。ピアノの演奏は硬質ですが緩急があり、清爽感がありました。ちなみに、第二楽章後半はちょっぴり寝ましたが、音が綺麗だったんで(言い訳)。アンコールで弾いたハイドンのメヌエットは多少遊び心を入れて、でもカッチリと美しくまとめていました。プロフィールを見ると、まだ26歳ですね~。若くて勢いがあると言うのは素晴らしいことです、と年寄りみたいな感想ですが正直にそう思いました。将来は指揮者になるのかな~?
3つの協奏曲を同時に聴くというのは、なかなか面白かったです、これもモーツァルトイヤーならではでしょう。最後まで新日フィルのメンバーが笑顔で答えていたのも見ていて気持ちが良かったです。(ちなみに、演奏と全然関係ありませんが、西江王子の演奏する立ち姿も、私的には今年一番良かったです。)
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コメント
西江王子の、”オレの音を聴け!”って良いですね。ひと回り、成長されたような感じでしょうか。
個人的には、陽の音も身につけることで、さらにレベルアップすると思っていましたが、こんな進歩の仕方もあるのですね。ちょっと他にいないコンマスになりそう!
投稿 まーもと | 2006年11月13日 (月) 20時16分
まーもとさん、コメントありがとうございます。
「オレの音・・・」は私の勝手な感想なのですが...。
言い直してみますと、「この人の音が聴きたくてコンサートに行く」ってアリですよね。西江さんは常に西江さんの音を出していらして、ブレがないなぁ、と思ったわけです。こっちが望んでいる音かどうかはまた別かなと。
例えば、私が初めてグレン・グールドの弾くモーツァルトを聴いた時は、「受け入れられない!」と激しく思ったものですが、今では逆に突如として聴きたくなる音になっているのです。ですから、演奏家が出す音というのは、それにこめられた深い意味があるのではないかしらん、と思った次第です。
とはいえ、今後もツッコミ入れつつ、お互いに西江さんのことを応援していきましょうね~♪
投稿 Mikan | 2006年11月13日 (月) 23時41分